溺水
救急・外傷・中毒β版・逐条レビュー継続中
施設プロファイル: 二次救急/人工呼吸管理・小児集中治療なし。
30秒要約
- こどもは声を出さず、静かに沈む。保護者の8割以上が「悲鳴や助けを求める声が聞こえなかった」と報告している。「目を離していない」を否定の根拠にしない。
- 3cm以上の深さがあれば、乳幼児は溺れる。浴槽・洗面器・ビニールプールでも起きる。
- 無理に水を吐かせない。胃の内容物で気道が塞がれて窒息する危険がある。
- 年齢で場所が変わる。0〜3歳は浴槽、5歳以上は海や川などの自然水域。中学生以下の水難死者・行方不明者の約57%は河川。
- 当院は院内人工呼吸管理を持たない。呼吸症状があれば早期に上級医・受入先へ相談する。酸素需要や呼吸仕事量の増加、持続する低酸素・意識障害では搬送を急ぐ。軽症の院内観察も監視と悪化時搬送の体制が前提となる。
レッドフラグ
所見があったときにどれだけ急ぐかと、家族に何を伝えるかの対応表。3列目の文言は家族説明ページに同じ言葉で載っているので、画面を見せながら渡せる。
| 緊急度 | 所見 | その場で次にやること | 時間の勝負 |
|---|---|---|---|
| 119 | 心肺停止・反応がない | ただちに心肺蘇生。水を吐かせることに時間を使わない | 秒単位 |
| 119 | 呼吸困難・SpO2低下・チアノーゼ | 酸素投与。人工呼吸管理は当院で持てない。緊急搬送 | 分単位 |
| 119 | 意識障害が続く | 低酸素脳症。意識障害の枠でも評価 | 待たない |
| 緊急 | 咳が続く・呼吸が速い・肺雑音 | 誤嚥性の肺障害。胸部X線と経過観察 | 時間単位 |
| 緊急 | 水没時間が長い/救助までに時間がかかった | 予後に影響する。搬送先に水没時間と救助までの時間を伝える | — |
| 緊急 | 低体温を伴う | 復温しながら評価する | — |
| 当日 | 短時間で、症状がまったくない | 受傷時刻を起点に院内方針院内の6〜8時間観察し、無症状、呼吸診察正常、室内気SpO2 95%以上、監護と再受診が確保できる場合に帰宅を検討する。時間だけで決めない。(観察時間は既存院内方針院内) | — |
時間と予後(JRC蘇生ガイドライン2020/ILCOR CoSTR 2020)
- 10分未満のEMS応答時間は生存率の向上に関連していた(RR 0.29; 95%CI 0.13〜0.66/OR 0.44; 95%CI 0.06〜0.83)。
- 溺水時間が15分未満での生存率は85%(33/39)だったのに対し、15分を超えた2名は死亡(単一の小規模研究で、エビデンスの確実性は「非常に低い」と明記されている)。
- 年齢と神経学的転帰: 小児に関する研究8件のうち6件で、若年(3〜6歳未満と定義はさまざま)と良好な神経学的機能とは関連していなかった。「小さいほど予後が良い」は一貫したエビデンスではない。
鑑別・背景を疑う
所見の取り方・問診
- 呼吸音を左右で比べ、SpO2を経時的に記録する。
- 頸椎損傷を疑う機転なら、固定を先に。
検査
- SpO2の経時的モニタリング
- 胸部X線(誤嚥性肺障害)
- 血液ガス
- 血糖
- 体温(低体温の評価)
- けいれん・失神が疑われれば心電図
送る/持つ(当院=二次救急・人工呼吸管理なし)
| 状態 | 当院の扱い |
|---|---|
| 心肺停止・呼吸不全 | 蘇生後、人工呼吸管理のできる施設へ。当院で持てない |
| 低酸素脳症を疑う意識障害 | 持てない |
| 呼吸症状(咳・頻呼吸・低酸素)がある | 呼吸症状があれば早期に上級医・受入先へ相談する。酸素需要や呼吸仕事量の増加、持続する低酸素・意識障害では搬送を急ぐ。軽症の院内観察も監視と悪化時搬送の体制が前提となる。 |
| まったく無症状・短時間 | 観察時間を決めて帰す。その基準を院内で決めておく |
送ると決めた時点でやること
- 水を吐かせない
- 酸素と保温
- 水没時間・救助までの時間・その場の蘇生内容を、時刻つきで伝える
- 頸椎損傷を疑う機転なら固定したまま搬送
エスカレーション(施設オーバーレイで上書き)
- 要確認:小児の人工呼吸管理ができる施設の夜間・休日の受け入れ先と直通番号
- 要確認:無症状の溺水児をどれだけ観察してから帰すかの院内基準
- 決定:軽度低体温(32℃以上)は毛布・輸液加温等の体表復温を当院で行う(論点:低体温の復温を当院でどこまで行うか)
- 要確認:虐待・ネグレクトを疑ったときの院内手順
家族に渡す一文
「水を飲んだあとは、その場で元気に見えても、あとから呼吸が悪くなることがあります。今日は呼吸の様子と酸素の値を確認します。無理に水を吐かせないでください。吐いたものがのどに詰まって、かえって危険になります。おうちに帰ってからも、咳が増える・息が速い・ぼんやりする、といった変化があれば、すぐに来てください。」
出典
- こども家庭庁.水の危険は近くにあります、みんなで危険回避! https://www.cfa.go.jp/policies/child-safety-actions/cases/dekisui (2026-09-12閲覧)。こどもは声を出さず静かに沈むこと、保護者の8割以上が悲鳴や助けを求める声を聞いていないこと、3cm以上の深さで乳幼児は溺れうること、無理に水を吐かせないこと(胃の内容物で気道が塞がれて窒息する危険)、令和6年の14歳以下の不慮の溺死・溺水による死亡者45人、中学生以下の水難による死者・行方不明者の約57%が河川、0〜3歳は浴槽・5歳以上は自然水域という年齢別の傾向。
- 消費者庁.御家庭内での子どもの溺水事故に御注意ください! https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_052 (2026-09-12閲覧)。入浴中の溺水事故は入院が必要と診断された事故が半数以上で死亡事故も発生していること、0〜1歳の入浴中の溺水事故が最も多いこと。
- 日本蘇生協議会(JRC).JRC蘇生ガイドライン2020 二次救命処置(ALS)章 https://www.jrc-cpr.org/wp-content/uploads/2022/07/JRC_0047-0150_ALS.pdf / ILCOR CoSTR 2020 溺水システマティックレビュー(JRC訳) https://www.jrc-cpr.org/wp-content/uploads/2022/07/5-Drowning_final20201006.pdf (2026-09-12閲覧)。EMS応答時間10分未満と生存率向上の関連、溺水時間15分未満の生存率85%(単一小規模研究・エビデンスの確実性は非常に低い)、小児8研究のうち6研究で若年と良好な神経学的機能に関連がなかったこと。
病態・根拠10章
病態:まず起きるのは呼吸障害と低酸素
溺水では液体への浸水・水没によって呼吸が障害され、低酸素から意識低下、徐脈・心停止へ進む。したがって水を吐かせる処置に時間を使わず、酸素化と換気を支えることが優先される。水から引き上げた後の心停止では、訓練を受けた医療者は人工呼吸と胸骨圧迫を含む心肺蘇生を行う。AEDの準備で蘇生開始を遅らせない。[1][3]
鑑別:事故の原因と、低酸素以外の傷害も調べる
水没時間、発見時の様子、救助・人工呼吸・CPRの内容、意識が戻った時刻を確認する。不明な時間を、長すぎるという推測だけで蘇生を控える理由にしない。てんかん、不整脈・失神、低血糖等が先に起きた可能性、飛び込みや転落の外傷も検討する。頸椎保護は外傷機転に応じて判断し、水没だけを理由に全員へ固定するものではない。[2]
検査は呼吸と意識の状態に合わせる
無症状で意識・バイタルが正常なら、一律の胸部X線や多数の採血が必要とは限らない。呼吸症状では酸素化と肺傷害、意識が戻らなければ低酸素以外の原因も評価する。胸部X線の一回の所見だけで、その後の安全性や帰宅を決めない。循環・呼吸・体温・意識の反復評価を中心に、血糖、血液ガス、心電図等を臨床上の問いに合わせる。[1][2]
初期治療と専門相談
必要な酸素、換気、循環への対応を行い、濡れた衣類を除いて低体温を防ぐ。予防的な抗菌薬は通常は不要で、明らかな感染や著しく汚染された水の曝露等では専門医と判断する。ステロイドも溺水という理由で定型投与しない。人工呼吸管理を持たない当院では、酸素需要や呼吸仕事量の増加、反応低下等があれば、受入先と早く搬送を調整する。[1][2]
観察と帰宅:経過時間だけで判断しない
無症状でも受傷後の観察を要する。RCHは受傷から8時間、CHQは4~8時間の観察を挙げており、当院の既存6~8時間の運用は、時計の起点と帰宅条件を明確にして実施する。症状がなく、呼吸診察・酸素化が正常で、安全な監護と再受診が確保できるかを合わせて判断する。咳や息苦しさ、傾眠・元気低下があれば再評価し、水の安全対策も家族と具体的に確認する。[1][2]
出典と適用範囲
- [1] RCH Drowning。溺水の評価、必要な検査、抗菌薬と観察・帰宅条件。
- [2] Children’s Health Queensland Drowning emergency management。小児溺水の病態、原因評価、観察、初期管理。
- [3] AHA/AAP 2024 溺水蘇生focused update Highlights。低酸素機序、人工呼吸を含むCPR、AEDで蘇生を遅らせない推奨。
観察時間に施設間の幅がある。入院・搬送の判断を単一の時間、単回SpO2や胸部X線だけで決めない。AHA公式PDFはweb取得で本文確認し、curl取得では内容を得られなかった。
臨床医が迷う場面
胸部X線が正常なら観察を短くできる?
画像所見だけでは経過を予測できない。受傷時刻から院内方針院内の6〜8時間を目安に、呼吸仕事量、SpO2、意識と肺所見を追う。酸素需要や呼吸苦があれば画像正常でも帰さず、人工呼吸管理を持たない当院では早期に搬送先と相談する。
水を吸ったので抗菌薬を全例に出す?
予防的抗菌薬は全例に必要ではない。高度に汚染された水、発熱など感染・敗血症の所見を区別し、必要な場合に培養と薬剤選択を検討する。咳や肺所見は非感染性の肺障害でも生じるため、それだけで抗菌薬の追加・延長を決めない。
泳げる子が突然沈んだ。事故だけで説明してよい?
発生前の動悸・失神・けいれん、既往、家族の突然死歴を確認し、必要に応じ心電図を評価する。低酸素が軽いのに意識障害が続く場合は低血糖・低体温・外傷なども再検討する。事故予防の指導と、溺水の原因となった病態の評価を両方行う。