2-1. 静脈血ガスと動脈血ガスの使い分け
動脈血と静脈血を同時採取した研究のメタ解析では、以下の相関が報告されている[7]。
| 項目 | 動脈血との差 | ばらつき | 臨床的な意味 |
|---|
| pH | 静脈血は平均0.033低い | 95%CI 0.029〜0.038と狭い | 代用に適する |
| HCO3⁻ | 静脈血は平均1mEq/L高い | 95%CI 0.56〜1.50と狭い | 代用に適する |
| PCO2 | 静脈血は高め(一定しない) | 大きい(例:静脈PCO2 55mmHgのとき動脈は44.3〜57.4mmHgの範囲) | 単独での代用は困難 |
| 乳酸 | 静脈血の方が高め | 高乳酸血症では動静脈差がさらに拡大(1.06±1.30mmol/L) | 正常なら動脈も正常域とみなせるが、上昇時は幅を持たせて解釈 |
運用の考え方: 代謝性の酸塩基平衡異常(脱水・DKA・敗血症の乳酸評価など)はpHとHCO3⁻が動脈血とよく相関するため、静脈血ガスを積極的に使ってよい。一方、呼吸性の異常(細気管支炎の疲弊によるCO2貯留、喘息重積など高二酸化炭素血症が疑われる場面)は静脈血だけでの代用は難しく、経時的なトレンドや臨床所見(努力呼吸・意識レベル・SpO2)と組み合わせて判断する[7]。
2-2. 基準値の目安(成書的な代表値)
| 項目 | 動脈血 | 備考 |
|---|
| pH | 7.35〜7.45 | 静脈血はこれより約0.03低いのが目安 |
| PaCO2 | 35〜45mmHg | 静脈血は数mmHg〜十数mmHg高くなり得る(ばらつき大) |
| HCO3⁻ | 22〜26mEq/L | 静脈血はこれより約1mEq/L高い |
| BE | -2〜+2mEq/L | |
| 乳酸 | <2mmol/L | 敗血症性ショックの診断基準の一部(後述)[4] |
| AG | 12前後(Na−Cl−HCO3⁻、施設基準に依存) | 一般に基準値を12とすることが多いが、本邦のようにClをイオン選択電極法で測定する場合は10程度と低くなる。古典的な基準範囲として12±4(8〜16)を挙げる教科書もある[8] |
新生児・低月齢乳児は腎での重炭酸再吸収閾値が生理的に低く、HCO3⁻がやや低め(軽度の代謝性アシドーシス寄り)に振れやすい。この年齢層の解釈は、他所見(哺乳・活気・体重増加)とあわせて評価する。
2-3. 代謝性アシドーシス評価の手順
- pHを見る:酸血症は動脈血pH<7.35(静脈血ではpH<7.32が目安)[8]。
- HCO3⁻の低下が一次性か確認する:代謝性アシドーシスはHCO3⁻の一次性低下でpHが低下する病態。
- 呼吸性代償の程度を評価する:慢性の代謝性アシドーシスでは、HCO3⁻が1mEq/L低下するごとにPaCO2は概ね1.0〜1.3mmHg低下するのが適切な代償とされる(代償の下限はPaCO2 15mmHg程度)[8]。この予測範囲より低いPaCO2=呼吸性アルカローシスの合併、高いPaCO2=代償不全(=疲弊・呼吸障害の合併)を疑う。
- アニオンギャップ(AG=Na−Cl−HCO3⁻)を計算する:高AG性か正常AG性(高Cl性)かで鑑別が大きく変わる(§3参照)。
- AG開大時はΔAGを評価する:ΔAG(=実測AG−基準AG)をHCO3⁻に足し戻し(補正HCO3⁻)、隠れた正常AG性アシドーシスの併存を確認する[8]。
- 低アルブミン血症があれば補正する:血清アルブミン1g/dLの低下でAGは約2.5低下するため、補正AG=AG+(4−血清Alb[g/dL])×2.5で評価する(重症患児・低栄養児で見落としやすい)[8]。
2-4. DKA(糖尿病性ケトアシドーシス)の診断と初期対応の考え方
ISPAD 2022/日本糖尿病学会・日本小児内分泌学会「小児・思春期糖尿病コンセンサス・ガイドライン2024」に基づく生化学的診断基準は以下の3つ全ての充足[1][2]。
- 高血糖:血糖値>200mg/dL(11mmol/L)
- 酸血症:静脈血pH<7.3 または 重炭酸イオン<18mmol/L
- 高ケトン血症(β-ヒドロキシ酪酸≧3mmol/L)またはケトン尿
HCO3⁻閾値の改訂経緯(確認済み):この重炭酸イオン閾値はISPAD 2018版では<15mmol/Lだったが、ISPAD 2022版で<18mmol/Lに引き上げ改訂された(「表記に幅がある」のではなく、2018→2022で基準自体が変更された)[2]。日本糖尿病学会・日本小児内分泌学会2024コンセンサスGL第9章の本文解説もISPAD2022と同じ<18mmol/Lを採用しており一致するが、同GL自身に新旧混在が残る:同じ第9章冒頭の【ポイント】要約ボックスには旧版(ISPAD2018)由来の「重炭酸イオン<15mmol/L」という表記がそのまま残っている(原文PDFで直接確認済み・2026-07-31)。同GLが「本項目の解説の内容はISPADガイドライン2018の内容を原則としているが、一部ISPAD2022の内容を参照している」と明記しているための混在であり、GLの誤記や本ファイルの誤りではない。本ファイルは本文解説・ISPAD2022と一致する<18mmol/Lを採用するが、日本のGL要約ボックスだけを見ると<15mmol/Lという古い数値が目に入る可能性がある点に留意する[1][2]。さらにISPAD2022は重症度分類も定めている。
- 軽症:pH<7.3 または HCO3⁻<18mmol/L
- 中等症:pH<7.2 または HCO3⁻<10mmol/L
- 重症:pH<7.1 または HCO3⁻<5mmol/L
最低限必要な検査は血液ガス分析、血算、血糖値、電解質、血液尿素窒素、クレアチニン、浸透圧、HbA1c(可能なら尿ケトン体・血中β-ヒドロキシ酪酸も)[1]。
初期対応の考え方(体重換算のみ・個別処方値ではない)[1]:
- ショック状態なら0.9%生理食塩水20mL/kgをボーラス投与し必要なら反復
- 初期輸液は0.9%生理食塩水10mL/kgを30〜60分かけて投与(低張液による脳浮腫リスクに留意)
- インスリンは初期輸液開始少なくとも1時間後(=循環血液量が増大した後)から0.1単位/kg/時で持続静注を開始し、血糖値が300mg/dLまで低下したら0.05単位/kg/時へ減量する。開始時の血糖値が300mg/dL以下のとき、またはインスリン感受性の良い年少児では0.05単位/kg/時で開始してもよい(血糖低下速度は100mg/dL/時を超えないよう調整)。ワンショット静注は行わない(原文で0.1→0.05の時系列を確認済み・単なる許容範囲ではない)[1]
- 重炭酸の投与は原則として行わない(脳浮腫リスクの観点から)
- 脳損傷(DKAの死亡原因のうち最も多い合併症で、報告により50〜80%台と幅がある)を示唆する頭痛・不穏・易刺激性・傾眠・血圧上昇・徐脈・酸素飽和度低下に注意する[1]
2-5. 脱水の重症度評価(日本小児救急医学会・小児急性胃腸炎診療ガイドライン)
臨床症状による脱水重症度評価が推奨されている(体重測定困難時も臨床症状から推測可能)[3]。未確認事項:本項は2017年版「小児急性胃腸炎診療ガイドライン」に基づくが、2024年11月に日本小児感染症学会・日本小児消化管感染症・免疫アレルギー研究会から後継となる「小児消化管感染症診療ガイドライン2024」が発行されており、脱水重症度判定の章がある(存在は検索で確認済み)。下表の体重減少率区分(<3%/3〜9%/>9%)が2024年版でも同じ数値かは書籍版のため未確認。運用前に2024年版を直接確認すること。
| 症状 | 軽度〜脱水なし(体重3%未満喪失) | 軽症〜中等症(3〜9%喪失) | 重度(9%超喪失) |
|---|
| 精神状態 | 良好・覚醒 | 疲れている・刺激に敏感 | 嗜眠・意識不明 |
| 口渇 | 正常 | 口渇あり | ほとんど飲めない |
| 心拍数 | 正常 | 増加 | 頻脈(重症例は徐脈) |
| 脈 | 正常 | 減弱 | 弱いか触れない |
| 眼窩 | 正常 | わずかに陥凹 | 深く陥凹 |
| 皮膚ツルゴール | 正常 | 2秒未満で復帰 | 2秒以上かかる |
| 四肢 | 温かい | 冷たい | 冷たい・斑状 |
重度脱水(体重9%超喪失)またはショックの前兆がある場合は経口補水療法より経静脈輸液を優先する。それ以外は経口補水療法が優先される[3]。
2-6. 敗血症性ショックと乳酸(小児は成人基準をそのまま使わない)
「MAP65mmHg」は成人の基準であり小児にそのまま使わない:J-SSCG2024のCQ1-2は「敗血症性ショックは、敗血症の診断基準(SOFAスコアの合計2点以上の急上昇)に加え、平均動脈圧65mmHg以上を保つために輸液療法に加えて血管収縮薬を必要とし、かつ血中乳酸値2mmol/L(18mg/dL)を超える場合」と定義しているが、これはBQ(背景疑問)として成人を念頭に書かれた一般定義であり、J-SSCG2024自体の小児章(9.小児、CQ9-1〜9-8)はこの定義を年齢別血圧に置き換えた独自の小児敗血症性ショック定義を示していない(原文CQ一覧で確認済み)。小児は年齢によって正常血圧域が大きく異なるため(乳児は成人よりMAP・収縮期血圧とも低いのが正常)、成人のMAP65mmHgを無調整で乳児に当てはめると正常血圧の児を「基準未達」と誤って安心し、逆に年長児では真のショックを見逃しうる。
小児敗血症・敗血症性ショックの定義は国際的にPhoenix基準(2024)に移行:Schlapbachらによる国際コンセンサス基準(Phoenix Sepsis Criteria;JAMA. 2024;331(8):665-674)が、SIRS基準に代わる小児敗血症の現行の国際標準として広く採用されている。
- 小児敗血症:感染症(確定または疑い)+Phoenix Sepsis Score 2点以上(呼吸・心血管・凝固・神経の4領域の臓器障害を各0〜2点でスコア化した合計)
- 小児敗血症性ショック:上記の敗血症基準を満たし、かつ心血管サブスコアが1点以上(=以下のいずれかを満たす)
- 年齢別の重度低血圧(下表の年齢別平均動脈圧の閾値を下回る)
- 血中乳酸値≧5mmol/L(Phoenix原著の心血管サブスコア表:<5=0点、5〜10.9=1点、≧11=2点)
- 血管作動薬の投与を要する
| 年齢 | 正常(0点)のMAP目安 | 1点 | 2点(重度低血圧) |
|---|
| 生後0〜1か月未満 | ≧31mmHg | 17〜31mmHg | <17mmHg |
| 生後1〜12か月未満 | ≧39mmHg | 25〜39mmHg | <25mmHg |
| 1〜2歳未満 | ≧44mmHg | 31〜44mmHg | <31mmHg |
| 2〜5歳未満 | ≧45mmHg | 32〜45mmHg | <32mmHg |
| 5〜12歳未満 | ≧49mmHg | 36〜49mmHg | <36mmHg |
| 12〜18歳未満 | ≧52mmHg | 38〜52mmHg | <38mmHg |
J-SSCG2024の小児章はこの定義そのものではなく、小児敗血症性ショックが疑われた後の管理(抗微生物薬選択・初期輸液・循環作動薬の選択と投与経路・ステロイド・輸血閾値・血糖管理)を扱っている。初期輸液は「調整等張晶質液に対する反応を評価しながら10〜20mL/kgずつボーラス投与を反復する」のが基本で、輸液過剰の所見や反応の鈍化があれば中断を検討する[4]。循環作動薬はアドレナリン・ノルアドレナリンなどを身体所見・循環動態パラメータ・心エコー所見から総合的に選択する(血管外漏出のリスクから通常は中心静脈路だが、末梢静脈路・骨髄路からでも短時間・適切な濃度であれば投与を遅らせるべきではない)[4]。
静脈血乳酸で判定する際の注意:§2-1の通り静脈血乳酸は動脈血より高めに出て、高乳酸血症ではその差がさらに拡大する。敗血症の乳酸カットオフ(成人基準では2mmol/L、Phoenix基準の心血管スコアでは≧5mmol/L)を静脈血で運用する場合、動脈血より高めに出る分の解釈の幅を持たせる。