消化管異物(ボタン電池・磁石・鋭利物)
外科的緊急β版・逐条レビュー継続中
2026-09-10更新
β版用量は適用前に一次資料と院内採用を確認。このβ版について
施設プロファイル: 二次救急/外科的処置なし・緊急内視鏡なし。摘出が要るものは当院で持てない。X線の撮影範囲を間違えないことと送る早さがこのシートの全部。
30秒要約
- X線は頸部から骨盤まで撮る。胸部だけ撮って頸部食道のボタン電池を見逃した実例が報告されている。
- 目撃がなくても疑う。2〜3歳以下の突然の嘔吐や流涎を見たらボタン電池誤飲を疑う必要がある、と日本小児科学会のInjury Alertが明記している。
- 食道停留のボタン電池は待てない。学会は「リチウム電池では誤飲から極めて短時間(30分から1時間)にでも消化管の壁に穴が開くことがある」としている。臨床例の検討では2時間の滞留でも潰瘍が形成された例がある。
- なにも飲ませない。日本小児科学会の応急処置資料は、ボタン電池・複数の磁石を最高危険度に分類し「なにも飲ませない」「すぐに受診」としている。海外で言われるハチミツ投与は、日本の一次情報では推奨も否定も確認できない。米国の推奨をそのまま持ち込まない。
- 胃を越えて腸に達すれば危険は大きく下がる(電池は72時間以内に85.4%が自然排泄)。食道か、胃か、腸かで緊急度がまったく違う。
レッドフラグ
所見があったときにどれだけ急ぐかと、家族に何を伝えるかの対応表。3列目の文言は家族説明ページに同じ言葉で載っているので、画面を見せながら渡せる。
| 緊急度 | 所見 | その場で次にやること | 時間の勝負 |
|---|---|---|---|
| 119 | 呼吸困難・喘鳴・話せない・チアノーゼ | 気道異物として対応。消化管異物より緊急 | 待たない |
| 119 | 食道にボタン電池 | 緊急内視鏡の要る状態。検査を追加せず、すぐ内視鏡のできる施設へ | 30分〜数時間 |
| 緊急 | 磁石が複数、または個数不明 | 消化管穿孔・瘻孔のリスク。停滞や腸管不全症状があれば迅速に摘出が要る | 数時間〜 |
| 緊急 | 鋭利物(針・釘・鋲)/長さ5cm以上(1歳未満は3cm以上) | 胃までの停留でも摘出対象。内視鏡のできる施設へ | 当日 |
| 緊急 | 2〜3歳以下の突然の嘔吐・流涎(目撃なし) | ボタン電池誤飲を疑い、頸部を含めてX線を撮る | 発見が遅れるほど悪化 |
| 当日 | 胃・腸のボタン電池で無症状 | 経過観察の対象になりうるが、方針は受け入れ先と相談 | — |
何を飲んだかで分ける
| 異物 | 危険度 | 当院の扱い |
|---|---|---|
| ボタン電池(特に直径20mm以上のリチウム電池)が食道に | 最高 | 持てない。すぐ内視鏡のできる施設へ |
| ボタン電池が胃・腸に | 中 | 摘出の要否は受け入れ先と相談(放電しきって古いと確認できないものは摘出対象) |
| 磁石が複数または個数不明 | 高 | 持てない。腸管同士を挟んで瘻孔・穿孔を作る |
| 磁石が1個と確認できる | 中 | 自然排泄を期待してよいが、排泄まで慎重に観察 |
| 鋭利物(針・釘・鋲) | 高 | 持てない |
| 長さ5cm以上(1歳未満は3cm以上) | 高 | 持てない |
| コイン | 中 | 摘出対象になりうる。ボタン電池との鑑別が最重要 |
| タバコ・医薬品 | 別枠 | 中毒として対応(日本中毒情報センターへ) |
時間の勝負(数値の出所と幅を明示する)
食道に停留したボタン電池が組織損傷を起こすまでの時間は、出典によって数値に幅がある。「何時間なら安全」という下限を保証する一次情報は存在しない。
| 出典 | 記載 |
|---|---|
| 日本小児外科学会 | 「リチウム電池ではアルカリによって腐食され、誤飲から極めて短時間(30分から1時間)にでも消化管の壁に穴が開くことあります」 |
| 日本小児科学会 Injury Alert No.13 | 「犬の実験によると、食道にボタン電池が4時間停滞すると食道粘膜に糜爛が認められる」。実症例で誤飲後4時間の摘出直後に食道粘膜が黒色変色・糜爛 |
| 望月ら(神奈川県立こども医療センター・124例) | 「2時間以上滞留した例では全身麻酔下内視鏡摘出を要し、食道潰瘍形成を6例で認めた」「直径20mm以上のリチウム電池が食道に滞留すると2時間で組織損傷をおよぼす」 |
個体差がある。同じ検討で、2時間で潰瘍を形成した例と、4時間でも形成しなかった例の両方が報告されている。胃を通過して腸に達すれば72時間以内に85.4%が自然排泄されるため、危険度は大きく下がる。
検査:X線の撮り方(ここが最大の落とし穴)
- 必ず頸部を撮影範囲に含める。誤飲に気づかず発熱で胸部X線を撮ったが頸部が範囲外で発見が遅れた実例がある。この例は発見時に3/4周性の潰瘍を形成し、誤飲後48時間が経過していた。
- 施設方針の例として「誤飲が疑われる症例は全例胸腹部X線写真を撮像し、必ず頸部を撮像範囲に含め、頸部食道も観察する」。
- 頸部から骨盤までが原則。
- ボタン電池とコインの鑑別:正面像の二重リング(double ring/halo)様陰影、側面像の段差が鑑別点とされるが、積み重なった複数枚のコインも二重リング様に見えることがある。側面像で確認する。なお、この所見の記載について日本語の学会一次資料での明記は確認できていない(海外文献に基づく一般的知見)。
問診チェック
してはいけないこと
- 吐かせない。日本中毒情報センターは「家庭で吐かせることは勧められていません。吐物が気管に入ってしまうことがあり危険です」としている。石油製品、酸性・アルカリ性製品は絶対に吐かせてはいけない。
- 水分も飲ませない。「無理やり嘔吐させず、水分摂取を行わずに病院を受診してください」(三重県立総合医療センター小児外科)。
- 日本小児科学会の応急処置資料は、ボタン電池・複数の磁石・鋭利物をいずれも「なにも飲ませない」の区分に分類している。
- ハチミツについて: 米国発の「ボタン電池誤飲時にハチミツを飲ませる」という応急処置が日本語圏に紹介記事として存在する。しかし日本中毒情報センター・日本小児科学会・こども家庭庁・日本小児外科学会のいずれの一次情報にも、ハチミツ投与の記載は見当たらなかった。日本小児科学会の公式応急処置資料はむしろ「なにも飲ませない」としている。日本の一次情報では未確認として扱い、米国の推奨をそのまま外挿しない。
- 吐かせてはいけない場合として、意識障害、けいれん、6か月未満の乳幼児、重篤な心疾患、石油製品、尖ったものの摂取が挙げられている(日本気管食道科学会)。
送る/持つ(当院=二次救急・外科的処置なし・緊急内視鏡なし)
- 食道のボタン電池は、検査を追加せずに送る。時刻を伝える。
- 磁石が複数・個数不明、鋭利物、5cm以上(1歳未満3cm以上)も摘出対象=当院で持てない。
- 胃・腸に達した無症状の電池は経過観察になりうるが、方針は受け入れ先と相談してから決める。
- 送るときは、異物の種類・大きさ・個数・誤飲時刻・現在の停留部位(X線所見)をセットで伝える。
- 家族には持参した同一製品をそのまま持って行ってもらう。
エスカレーション(施設オーバーレイで上書き)
- 要確認:緊急内視鏡の依頼先(夜間・休日)と直通番号
- 要確認:夜間にX線を頸部〜骨盤で撮れる体制(技師の呼び出しを含む)
- 要確認:中毒に該当する場合の日本中毒情報センターへの相談手順(電話番号は院内の掲示・公式サイトで確認すること。このシートには記載しない)
- 要確認:胃・腸の無症状電池を当院で経過観察する運用を採るか
家族に渡す一文
「飲み込んだものによって、急いで取り出す必要があるものと、様子を見てよいものがあります。ボタン電池と磁石は、急いで取り出す側です。当院では取り出す処置ができないので、できる病院にお願いします。何も飲ませず、吐かせないでください。同じ製品が家にあれば、それも一緒に持って行ってください。」
医師確認事項(要・岡本判断)
- 要確認:緊急内視鏡の依頼先。この連絡先が決まっていないことが、このシートで最大のリスク。
- 要確認:胃・腸の無症状ボタン電池を当院で経過観察する運用を採るか、全例紹介か。
- 要確認:ハチミツ投与について、日本の一次情報が無い現状で「日本の一次情報では未確認」と書く扱いでよいか。
- 要確認:ボタン電池のX線所見(double ring/段差)の記載は海外文献に基づく一般的知見で、日本語の学会一次資料での明記は確認できていない。この扱いでよいか。
出典
- 日本小児外科学会.消化管異物.http://www.jsps.or.jp/archives/sick_type/shoukakan-ibutsu (2026-09-10閲覧・httpでアクセス)。リチウム電池が誤飲から30分〜1時間でも消化管に穴を開けうること、摘出が必要な異物(鋭利物・長さ5cm以上〈1歳未満3cm以上〉・ボタン電池・コイン)、腸まで達したものは原則経過観察でおよそ2週間以内に自然排出されること、気道異物との緊急度の差。
- 日本小児科学会 こどもの生活環境改善委員会.Injury Alert(傷害速報)No.13 リチウム電池による食道粘膜損傷.日本小児科学会雑誌 113:1293-1294, 2009. https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0013.pdf (2026-09-10閲覧)。2〜3歳以下の突然の嘔吐・流涎で疑う必要があること、犬の実験で4時間停滞で糜爛、胃内に入れば72時間以内に85.4%が自然排泄(Litovitz TL: Pediatrics 75:469-476, 1985 の引用)、「ボタン電池の誤飲についてコンセンサスが得られた治療ガイドラインはない」。
- 望月響子ほか.小児のボタン電池誤飲に対する治療成績と問題点.日本腹部救急医学会雑誌 35(4):377-382, 2015. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaem/35/4/35_377/_pdf (2026-09-10閲覧)。2時間以上の食道滞留で全身麻酔下内視鏡摘出を要したこと、頸部を撮像範囲に含める必要があること(見逃し例)、3歳以下が92%、家族への問診項目。
- 日本小児科学会.子どもが誤飲した時の応急処置.https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/sho_jiko_g_g.pdf (2026-09-10閲覧)。ボタン電池・複数の磁石を最高危険度に分類し「なにも飲ませない」「すぐに受診しましょう」。
- 日本中毒情報センター.中毒事故が起こったら(家庭でできること、やってはいけないこと).https://www.j-poison-ic.jp/general-public/response-to-a-poisoning-accident/at-home/ (2026-09-10閲覧)。家庭で吐かせることは勧められないこと、石油製品・酸性/アルカリ性製品は絶対に吐かせないこと。
- 日本気管食道科学会.誤飲.https://www.kishoku.gr.jp/disease/accidental_ingestion/ (2026-09-10閲覧)。吐かせてはいけない場合の列挙。
- 松久保眞ほか.年長児の磁石誤飲による多発消化管穿孔の1例.日本小児外科学会雑誌 54(5):1156-1160, 2018. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsps/54/5/54_1156/_pdf/-char/ja (2026-09-10閲覧)。磁石1個なら自然排泄を期待してよいが複数・個数不明では迅速に摘出すべきこと、年長児の異物誤飲は精神疾患が潜在している可能性。
- 三重県立総合医療センター小児外科.小磁石やボタン電池を飲み込むと、胃腸管が破れる危険性があります!(182例の報告).https://www.shouhi.pref.mie.lg.jp/news/kanri/upload/3-0link_file.pdf (2026-09-10閲覧)。受診時チェックポイント、無理に嘔吐させず水分摂取もさせないこと、食道入口部の異物が呼吸器症状で発症しうること、1歳が31%・4歳未満が80%。
同じ場面のシート
気道異物・窒息外科的緊急急性陰嚢症・精巣捻転外科的緊急急性虫垂炎外科的緊急急性腹痛・嘔吐(外科のない当直で)外科的緊急胆汁性嘔吐・中腸軸捻転(腸回転異常症)外科的緊急腸重積症外科的緊急腸閉塞・イレウス外科的緊急肥厚性幽門狭窄症外科的緊急卵巣腫瘍茎捻転(女児の急性腹症)外科的緊急嵌頓鼠径ヘルニア外科的緊急