肥厚性幽門狭窄症
外科的緊急β版・逐条レビュー継続中
施設プロファイル: 二次救急/外科的処置なし/当直帯は超音波を当てられない。当直帯は確定画像を当院で前提にせず、脱水・電解質補正を開始し、疑う時点で連携先へ相談する。診断・搬送のタイミングは児の状態と鑑別、相談先の計画で決める。
30秒要約
- 嘔吐は定義上、非胆汁性(白色〜乳汁様)。緑色の胆汁性嘔吐なら、閉塞性疾患を緊急に評価する。まず中腸軸捻転を外す。
- 生後2〜8週(ピーク3〜6週)。12週以降はまれ。男児に多い。
- 哺乳意欲は保たれる。吐いた直後にまた欲しがるのが特徴。「吐くのに飲みたがる」。
- 手術は緊急ではない。まず輸液で脱水と電解質(ClとK)を補正することが最優先。未補正のまま急いで手術に進めると麻酔・周術期リスクが上がる。
- 低クロール性・低カリウム性代謝性アルカローシスが典型。進行すると奇異性酸性尿を伴う。
- 当直帯は当院でエコーを当てられない。輸液と電解質補正を開始し、疑診時点で連携先へ相談する。手術は補正後に行うが、鑑別未了・全身状態不良の児を一律に翌日まで待たせない。画像の時刻・搬送のタイミングは専門先と個別に決める。
レッドフラグ → 次の一手
所見があったときにどれだけ急ぐかと、家族に何を伝えるかの対応表。3列目の文言は家族説明ページに同じ言葉で載っているので、画面を見せながら渡せる。
治療ワークフロー(当院=外科なし)
輸液・電解質補正を先行し、疑診時点で専門相談を並行する。手術を補正後へ延期する原則と、診断・相談を一律に待つことを混同しない。
| 順 | やること | 注意 |
|---|---|---|
| 1 | 嘔吐の色を自分で確認する | 胆汁性ならこのシートを離れ、中腸軸捻転へ |
| 2 | 脱水の評価(体重減少・皮膚・尿量・大泉門) | 直近の健診体重・母子手帳と比較する |
| 3 | 血液ガスと電解質(Cl・K)を出す | 低クロール性・低カリウム性代謝性アルカローシスが典型。血液ガスも電解質も当直帯に出せる(2026-09-14 確認)ので、この行は夜でもそのまま実行できる。副腎皮質過形成との分かれ目もここで付く |
| 4 | 腹部エコーで幽門を見る | 筋層厚・幽門管長(下記)。当直帯は当院で当てられないので、輸液を画像待ちで遅らせず、当日中に連携先へ相談して、画像の時刻・場所と搬送計画を決める |
| 5 | 輸液で脱水と電解質を補正する。これが最優先 | 手術は緊急ではない。電解質が是正されてから幽門筋切開術を行う |
| 6 | 小児外科へ連絡 | 疑診時点で輸液と並行して連絡する。「補正を始めている」こと、児の状態・鑑別・検査値を伝え、診断と搬送時期を個別に決める |
超音波の基準(文献でカットオフに幅があるため範囲で示す)
| 項目 | 基準 |
|---|---|
| 幽門筋層厚 | 3〜4mm以上(正常は3mm未満とする文献が多い)。獨協医大は3mm以上、慶應KOMPASは4mm以上、MSDは「典型例では4mm以上、正常は3mm未満」 |
| 幽門管長 | 14〜17mm以上(獨協医大17mm、慶應KOMPAS 14mm、MSD 16mm) |
判定に迷う場合は、複数断面での再測定・時間をおいた再検査を検討する。
当院の当直帯にこの測定はできない(超音波が夜間に使えない。2026-09-14 確認)。この表は送り先・翌日の外来で使う値として置いてある。
要確認: 上記のとおり3つの日本語ソースで数値が一致していない。院内で採用する基準値を決めること。
所見の取り方
- 嘔吐の色を実物・写真で確認する。胆汁性は通常緑色で、黄色とは区別する。色が不明でも閉塞を除外せず、全身状態・腹部・経過で判断する。
- 哺乳の様子を見る。吐いた直後にまた欲しがるか。
- オリーブ様腫瘤(右上腹部〜臍右側)は触れれば強い所見だが、触知率は経験によって大きく変動する。触れなくても超音波基準を優先して判断する。当直帯はその超音波も無いので、触れないことを否定に使わず、電解質と経過で動く。
- 早期例では典型的なアルカローシスや腫瘤がないこともあり、それだけで除外しない(RCH、2026-10-03確認)。
- 体重を実測し、出生時・直近健診と比較する。
- 胃蠕動不穏(左上腹部に波打つ動き)が見えることがある。
鑑別
| 疾患 | 見分け | 次の一手 |
|---|---|---|
| 中腸軸捻転・腸回転異常症 | 胆汁性嘔吐。腹部は平坦〜陥凹のことが多い | 最優先で外す(中腸軸捻転) |
| 胃食道逆流症 | 溢乳が主体、体重増加は保たれることが多い | 経過と体重で分ける |
| 牛乳蛋白アレルギー | 血便・湿疹・体重増加不良を伴うことがある | 除去試験は専門外来で |
| 先天性消化管閉鎖 | 生直後からの嘔吐 | 生後2週未満なら幽門狭窄ありきにしない |
| 副腎皮質過形成(21水酸化酵素欠損の塩喪失型) | 低Na・高K・アシドーシス。幽門狭窄の低Cl・低K・アルカローシスと対照的 | 電解質のパターンで分かれる。見落とすと致命的 |
| 頭蓋内圧亢進による嘔吐 | 大泉門膨隆、意識、眼位 | 神経学的所見を取る |
| 尿路感染症 | 発熱を伴う嘔吐 | 検尿 |
電解質異常の機序(なぜアルカローシスになるか)
胃酸(HCl)の反復嘔吐による喪失で低クロール性・低カリウム性代謝性アルカローシスをきたす。循環血液量減少が進むと二次性アルドステロン症を介して腎での水素イオン・カリウム排泄が亢進し、アルカローシスが奇異性酸性尿を伴って増悪する。
送る/持つ(当院=二次救急・外科的処置なし)
| 状態 | 当院の扱い |
|---|---|
| 電解質の評価と脱水の評価 | 当院でできる(当直帯も) |
| エコーによる確定診断 | 当直帯はできない。疑診時点で専門先へ相談し、画像の時刻・実施施設を個別に決める |
| 輸液による脱水・電解質補正 | 当院で始める。これが最優先の治療 |
| 幽門筋切開術 | 持てない。小児外科へ |
| 胆汁性嘔吐だった場合 | 別疾患。緊急搬送(中腸軸捻転) |
輸液の目的と処方確認
蘇生・脱水の欠損補正・維持を分け、循環、Na/K/Cl、血糖、尿量と児の状態に応じ上級医・専門先と決める。RCHは蘇生に0.9%NaCl、欠損補正・維持に0.9%NaCl+5%ブドウ糖を示すが、当院の採用製剤・処方手順は未確認。旧書籍の生食と糖液1:1、100mL/kg/日、KCl濃度の記述は学習用出典として残し、一律の初期オーダーへ転用しない。K追加は尿量・腎機能・血清Kを確認して個別判断する。
送るときに伝えること
- 嘔吐の色(非胆汁性であること)と、生後日数
- 血液ガスと電解質の値(補正の進み具合が受け入れ先の判断を変える)
- エコー所見(筋層厚・幽門管長)。当直帯に搬送するなら「当院で画像を撮っていない」ことを明示する
- 開始した輸液の内容と時刻
エスカレーション(施設オーバーレイで上書き)
- 要確認:小児外科の受け入れ先と、疑診当日の相談・画像・搬送時期を決める連携経路。小児外科は決まった連携先に直接電話する運用(施設名・番号は保留中)
- 決定:当院で入院し電解質・脱水を補正したうえで、状態が安定してから小児外科へ紹介する(論点:当院で輸液・電解質補正をどこまで行うか(入院で補正してから紹介するか、補正を始めて当日搬送か))
- 確定(2026-09-14):夜間の腹部エコーは当院で当てられない。このシートは夜間=画像なしで輸液を始める前提で書いてある
- 確定(2026-09-14):夜間に血液ガスは出せる(静脈血でも可)。電解質も簡易採血の範囲
- 要確認:超音波カットオフ(筋層厚・幽門管長)の院内基準
家族に渡す一文
「胃の出口の筋肉が厚くなって、母乳やミルクの通り道が狭くなる病気です。まず点滴で体の中の水分と塩分のバランスを整えてから、短い手術で通り道を広げます。手術を急ぐ病気ではなく、体の状態を万全にしてから行います。当院では手術ができないので、手術のできる病院にお願いします。吐いたものに緑色がついたときは別の病気の可能性があるので、すぐ教えてください。」
出典
- Royal Children’s Hospital Melbourne.Clinical Practice Guideline: Pyloric stenosis(2026-10-03独立レビューで確認)。疑診時の小児科相談、初期管理計画後の専門施設への早期連携、手術前の脱水・電解質/酸塩基補正。海外の施設転送手順を当院へ自動適用せず、既存入院安定化方針と当日の相談を両立させる。
- 正本「腹部エコー:急性腹症(腸重積・虫垂炎・肥厚性幽門狭窄)」2026-07-30(AMPL 05_研究所/09_愛育病院/ナレッジ/外来編/画像。多層検証済み・医師確認前の下書き)。超音波診断基準、好発年齢・性差、非胆汁性射乳様嘔吐と哺乳意欲、胆汁性嘔吐であれば本症を否定し腸回転異常症・中腸軸捻転を最優先で除外すること、電解質異常の機序(低Cl性・低K性代謝性アルカローシスと奇異性酸性尿)、手術は緊急ではなく輸液・電解質補正を優先すること、オリーブ様腫瘤の触知率の変動、鑑別。
- 獨協医科大学埼玉医療センター小児外科.肥厚性幽門狭窄症.https://dept.dokkyomed.ac.jp/dep-k/ped_surg/hps.html (2026-09-12閲覧)。筋層厚3mm以上、幽門管長17mm、好発年齢。
- 慶應義塾大学病院KOMPAS.肥厚性幽門狭窄症.https://kompas.hosp.keio.ac.jp/disease/000116/ (2026-09-12閲覧)。筋層厚4mm以上、幽門管長14mm。
- MSDマニュアル プロフェッショナル版.肥厚性幽門狭窄症(最終更新2023年9月)。生後3〜6週が最多で12週以降はまれ、「激しい嘔吐が食後すぐに起こり、しばしば『噴出性』嘔吐(胆汁は含まない)」、典型例では筋層厚4mm以上・正常は3mm未満・幽門管長16mm、低クロール性代謝性アルカローシス。
- 獨協医科大学埼玉医療センター小児外科.腸回転異常症.https://dept.dokkyomed.ac.jp/dep-k/ped_surg/malrot.html (2026-09-12閲覧)。胆汁性嘔吐での鑑別(詳細は中腸軸捻転)。
病態・根拠10章
嘔吐と代謝異常がつながる理由
幽門筋の肥厚により胃から十二指腸への通過が妨げられる。生後早期から徐々に強くなる無胆汁性嘔吐、吐いた後の哺乳意欲、体重増加不良が手がかりになる。胃酸を繰り返し失うと低クロール性の代謝性アルカローシスや脱水を生じるが、発症早期には古典的な電解質異常や触知腫瘤がそろわない。[1][2]
鑑別の分岐
胃食道逆流のような軽い溢乳では、全身状態と体重増加が保たれているかを確認する。発熱、活気不良、循環不良があれば尿路感染・敗血症なども考える。胆汁性の緑色嘔吐は幽門狭窄の典型ではなく、腸回転異常・捻転等の緊急外科経路へ切り替える。「よく飲む」だけで脱水や閉塞を否定しない。[1][2]
超音波と採血の役割
超音波は幽門筋と通過を評価する。早期・境界例では一回の検査が確定的でない場合があり、疑いが続けば専門家による再検を検討する。体重・日齢や手技により測定値の解釈が異なるため、単一の閾値だけで全例を判断しない。血糖、血液ガス、電解質と尿量は、診断の補助に加えて輸液・麻酔前準備の評価に使う。[1][2]
手術前に内科的安定化を行う理由
初期治療は経口摂取の中止、静脈路の確保、脱水・電解質・酸塩基異常の補正である。必要に応じ胃管減圧を相談する。アルカローシスが残ると周術期の低換気・無呼吸の危険があるため、筋切開へ直行するより先に安定化する。輸液は循環状態、電解質、尿量と反復評価から調整する。[1]
当院には当直帯の超音波と小児外科手術がない。確定画像を得るまで院内で待つことを前提にせず、疑った段階で外科へ連絡する。国内では専門施設によりアトロピン療法を選ぶこともあるが、診断・監視・切替判断が必要であり、当直で独断開始する治療にはしない。[1][2]
引継ぎ
嘔吐の色と頻度、哺乳・尿量、現在と過去の体重、電解質・ガス、輸液の内容と反応を伝える。初回画像が陰性でも嘔吐の増強や体重増加不良が続く場合は再評価を確保する。[1][2]
出典・適用範囲
[1]は豪州小児施設の経路、[2]は国内大学病院小児外科の解説。国・施設による診断測定値や治療選択の差を明示し、薬剤固定量は追加していない。 確認日:2026-10-23。
臨床医が迷う場面
初回の超音波で確定しないが、噴水状嘔吐が続く。除外してよい?
発症早期は典型的な計測値がそろわない場合がある。非胆汁性嘔吐の反復、哺乳意欲、体重と脱水を評価し、疑いが続けば専門先と再超音波を相談する。陰性画像だけで終了せず、胆汁性嘔吐や全身状態悪化では別の閉塞性疾患を緊急評価する。
手術を急ぐため、電解質補正を後回しにしてよい?
幽門筋切開の前に脱水、低Cl・低K、代謝性アルカローシスを補正する。補正不十分では周術期の呼吸などの危険がある。絶飲食・輸液と必要な減圧を行い、検査の推移を追う。専門施設への相談は補正完了まで待たず、治療と搬送計画を並行する。
電解質が正常なので、吐き戻しとして帰宅できる?
早期には典型的な電解質異常がないことがある。噴水状嘔吐の反復や体重増加不良があれば症状から疑い、超音波と専門評価へつなぐ。吐いた後にまた飲みたがることも安心材料にしない。飲水・尿量と脱水を確認し、再診時期を明確にする。