急性腹痛・嘔吐:症状からの入口と送る判断
外科を持たない当直では、診断が確定しなくても送る判断はできる。時間で結果が決まるのは4つ—胆汁性嘔吐(中腸軸捻転)/陰嚢痛(精巣捻転)/間欠的な啼泣(腸重積)/腹膜刺激(穿孔)。最初の3分でこの4つを外す。腹痛の子で腹だけを診ない。陰嚢・鼠径・咽頭・呼吸数・尿・血糖も診る。「胃腸炎」と書いた瞬間に思考が止まる—この形から外れたら疑い直す。
始める前に
- 腹部は泣かせない順で診る。視診(膨隆・腸型・皮膚)→聴診→痛くない場所から浅い触診→最後に痛い場所。反跳痛は最後の最後。
- 歩かせる。踵落としやジャンプで右下腹部に響くかは腹膜刺激の代用になる。歩けない、体を曲げて歩く、は強いサイン。
- 間欠を見る。腸重積は痛みの合間に嘘のように機嫌が戻る。1回の診察で決めず、時間を置いて2回診る。
- 陰嚢と鼠径は毎回開ける。年長男児は羞恥から自分から言わない。
- 呼吸数と血糖を取る。DKAのKussmaul呼吸も下葉肺炎の頻呼吸も、腹だけ診ていると落ちる。
- 便は自分で見る(おむつを開ける)。
- 浣腸で痛みが完全に消えるかを確認する。消えなければ便秘以外の疾患を疑い直す。
手順
- 1
ABCとショックの有無を先に評価する。腹部より全身。
- 2
レッドフラグの4つ(胆汁性嘔吐・陰嚢痛・間欠啼泣・腹膜刺激)を最初の3分で外す。
- 3
外せなければ、確定診断を待たずに受け入れ先へ連絡しながら検査を並行する。
- 4
帰宅させる場合は再受診の条件を具体的な所見で紙に渡す。
「明日おかしければ」では条件にならない。
- 5
ショック(CRT>3秒・末梢冷感・頻脈・意識低下)ではルート確保、等張晶質液ボーラス、上級医コール、受け入れ先へ第一報を行う。
- 6
板状硬・反跳痛・体動で悪化する持続痛(腹膜炎)では絶食・ルート確保。立位/左側臥位X線で遊離ガスを確認し、外科のある施設へ即連絡する。
- 7
緑〜黄色の胆汁性嘔吐(特に新生児・乳児)では、幽門狭窄のエコーより先に腸回転異常症・中腸軸捻転を外し、小児外科へ即相談する。
数時間で腸管壊死に至りうる。
- 8
男児の下腹部痛・陰嚢痛では本人が言わなくてもその場で陰嚢診察(挙睾筋反射・精巣高位/横位・硬さ)を行う。
高リスクはエコー待ちで時間を溶かさない。
- 9
3か月〜2歳の間欠的な啼泣+嘔吐では腹部エコー(target sign / pseudokidney sign)を行う。血便を待たない。
- 10
鼠径部〜陰嚢の硬い膨隆+不機嫌・嘔吐(嵌頓ヘルニア)では、用手整復の可否は施設方針に従う。整復不能・皮膚変色は外科へ送る。
- 11
反復する嘔吐+多飲多尿・体重減少・深く速い呼吸では血糖・尿ケトンを測定しDKAを外す。
- 12
発熱+腹痛だが腹部所見が乏しい場合は検尿・咽頭・鼓膜・呼吸数を確認する。
UTI/溶連菌/下葉肺炎が腹痛で来る。
- 13
紫斑+腹痛(IgA血管炎)では腸重積の合併を念頭にエコーを行う。
腹痛が紫斑に先行しうる。
- 14
送ると決めたら絶食・ルート確保。脱水があれば等張晶質液で補正を開始する。
- 15
受け入れ先へ先に電話する。検査を全部終えてから電話しない。
- 16
家族に転院の可能性を先に伝える。
「うちでは手術ができないので、必要なら移ります」を検査前に言っておくと、決まってからの説明が揉めない。
- 17
画像は「撮ってから送る」ではなく、送ると決めたうえで、送り先の判断に効くものだけ撮る。
- 18
鎮痛は外科診察を妨げない範囲で行う。痛みを我慢させたまま搬送しない(院内方針は要確認)。
- 19
電話ではISBARの順で伝える:I=誰が・どこから・何歳何か月・体重、S=いま何を疑っていて発症から何時間目か、B=経過・既往・ワクチン・最終飲食、A=バイタル・意識・腹部所見・実施した検査と結果、R=お願いしたいこと(受け入れ/整復/緊急手術/相談だけ、を明示する)。
やってはいけない
- 「胃腸炎」と書いた瞬間に思考が止まる。嘔吐が先行し下痢が続く、痛みは排便で軽快する—この形から外れたら疑い直す。年少児の虫垂炎は胃腸炎と診断されて進行することがある。
- CRPは発症早期に上がっていないことがあり、初回低値を除外に使わない。
- 腹部X線を「便秘の確認」のためだけにルーチンで撮らない。目的を決めてから撮る。
- エコー陰性は否定ではない。虫垂炎は年少児・肥満児で感度が落ちる。疑いが強ければ時間を置いて再検するか、送る。
- 触診でオリーブ様腫瘤やDance徴候が触れないことは、否定の根拠にならない(いずれも出現頻度が低い)。
終わったあと
- 家族への一文:お腹の痛みには、様子を見てよいものと、時間で結果が決まるものがある。緑色の吐物、うずくまるほどの痛みが波で来る、血の混じった便、ぐったりして反応が鈍い—このどれかが出たら、次の診療時間を待たずに来てもらう。
この場で持てない・送る
- 中腸軸捻転(腸回転異常症)は持てない。診断を待たず小児外科のある施設へ送る。
- 精巣捻転は持てない。泌尿器科・小児外科へ即送る。
- 急性虫垂炎(特に年少児)は持てない。外科のある施設へ送る。
- 卵巣捻転は持てない。婦人科・小児外科のある施設へ送る。
- 消化管異物(ボタン電池・磁石)は内視鏡・外科が要る。持てない。
- 心筋炎は持てない。循環管理のできる施設へ送る。
- 敗血症・髄膜炎(乳幼児)は腹部症状だけで来ることがある。初期対応後に上位施設へ送る。
- 糖尿病性ケトアシドーシスは初期輸液を当院で開始したうえで、管理は小児集中治療のある施設と相談する。
- 要確認:夜間・休日の第一受け入れ先(小児外科/小児救急)と直通番号
- 要確認:腸重積の非観血的整復を当院で実施するか(穿孔時に開腹できない前提で、原則は整復可能施設へ搬送か)
- 要確認:夜間の腹部エコー・CTの担当体制(技師オンコールか、当直医が自分で当てるか)
- 要確認:救急車要請の院内手順(誰が要請し、誰が同乗するか)
- 要確認:消化管異物の緊急内視鏡の対応先
- 要確認:嵌頓鼠径ヘルニアの用手整復を当院で試みるか、試みずに搬送するか。
- 要確認:急性腹症での鎮痛(外科診察前の鎮痛の可否)についての院内方針。
手順・適応・禁忌はすべて本シートの正本の記載のみ。院内の器材・採用薬・搬送先は施設ごとに違うため、適用前に院内ルールを確認すること。